輪行旅行の第3回目。調子に乗ってやりすぎたようで、次回から少し休みます。
記録 2009年05月16日

先週の5月9日に続いて3回目の東海道を東に向けて走り始めた。平塚は曇り空で、天気予報では雨は降らないとのことだったが、パラパラと雨が降ることもあった一日だった。平塚までは、自宅から自転車で来たのでおおよそ27Km分は余計に走ったことになる。時刻は8時前で、少し涼しい気温の中ジャケットを着て1号線に沿って東方面に向かう。
 戸塚から相模川を越える。相模川に架かっている橋で、アルミ缶が入った大きな袋を荷台に乗せた、何処にでも居そうなオヤジが前方に見えた。その大きな荷物のおかげで、橋の歩道いっぱいに幅をとって追い抜けない。ゆっくりあとに従い、橋を渡りきったところでやっと追い抜けスピードを上げた。橋を渡ると茅ケ崎に入る。茅ヶ崎には東海道の宿場はなく、平塚-大崎宿の間に当たる。それでも、な~んとなく地名から宿場があるように思える。
「茅ヶ崎駅前交差点」について少し話す。どこにでもあるような交差点ではあるが、自転車に持っている側としては走り方を迷ってしまう道路である。 この交差点は、道路を横断する人が増えたことで立体化が行われたことで、車にとっては大変便利になった。交差点は効率よく左折、直進、右折とそれぞれレーンに分かれていて、前方の信号もそれぞれの方向で青信号が整備されている。また、右左接の車の邪魔となっていた人の横断はすべて地下通路に押し込んだので、車の場合はわかりやすく、混雑も起きない。人にとっても、信号を待たなくていいので、都合がいい。ただし、地下までの階段を渡らないといけないことにはなるが。まあぁそれでも便利かとは思う。しかし、自転車の場合はどうか??一般的に自転車は歩道を走ると思われがちだが、そもそも軽車両の分類で、本来は車道を走るべきであり、車道のほうが段差が少なく大変走りやすい。が、その反面、車の往来が多く恐怖にさらされることにもなる。で、本来の車道を走って。自転車の場合通常左端を車の邪魔にならないように走っているわけで、このような交差点に入った時には直進のレーンの左端を走ることになる。これが難しい。左端のレーンが突然左折専用に変わるわけで、理屈としてはこのレーンの横断して右側のレーンの入らないといけくなる。いつもは、これが難しいのでそのまま、左折レーンに沿って交差点に入り、そのまま横断歩道を直進することにしている。しかし、この交差点は車道と歩道を分離させているので、横断歩道がなく、渡ることができない。こんな場合の正しい通行方法はどうなんだろう??教えてほしい。

この辺りから、実は両ひざが痛くなて来ていた。ちょうど膝のお皿のあたりが、深く踏み込むごとに痛みが増している。ジョギングとは違った筋肉の使い方をしているらしく、こんなところが痛み出したのは自転車に乗ることで初めてである。先週走ったうちの120Kmくらいから同じところが痛み出した。今回は100Kmも走らないうちから、足の痛みが出てきた。休憩をとりながら走る。休憩をとって走りだすと、強く踏み込むと痛くてしかたない。そんなことを気にしながら走っていたので、前回と同様に幹線道路を走ってしまった。軽車両が通行してはいけない事はないようだが車以外に走っているのを見かけない藤沢バイパスに入ってしまったようだ。長い上り坂が続き、車の交通量が多く、自転車がはしれる歩道などはなく車道の余裕もそれほどない。痛い足で我慢しながらゆっくり坂道を登っていくが、ちょっと憂鬱になる。 藤沢バイパスを通過し戸塚に出る。大きな道は極力避けるべしとつくづく思う。戸塚手前から、1号線が二つに分かれる。迷わず道幅の狭い順路を選ぶ。車も少なく快調に前に進める。戸塚駅前にやってきた。道路は東海道線を渡るような順路になっているが、その踏切の手前で通行止めになっている!?おや?1号線が途切れている??少し迷った後で、踏切を渡らずに線路沿いの小道を左(東)方面に進むことにした。がしかし、この道の先でよくわからなくなってきたが、最終的には戸塚駅前で見失った1号線に合流することができたので、結果的によしとする。 さらに1号線を東に向かうと、保土ヶ谷駅に出る。箱根駅伝は権太坂を登って東に向かうが、私は登っていない。ここで、箱根駅伝は別の道を走るのだと改めて思う。
保土ヶ谷駅は25年ほど前に住んでいたことから、このまま1号線を東に行くことをやめて、昔住んでいた公団のアパートへ向かった。保土ヶ谷駅東口から山側に上って清水ヶ丘にある公団の団地だったが、すっかり変わっていて昔の面影はまるでない。
近くにあった国立横浜病院も聖隷横浜病院の名前に変わっていた。団地の周りを走ってみて。見覚えあるところと見覚えないところが交互に目に入ってくる。ここを抜け、そのまま保土ヶ谷とは逆側に降りてきた。京急線の南太田駅側に出る。これを左に向かうと大岡川を跨ぎ伊勢佐木町、関内と続く。子どもを自転車に乗せて遊んだところだ。町並みは変わっているが、25年前のことが懐かしく感じる。痛み出した両ひざはこの辺りから耐えられなくなっていて、自転車を押しながら散策するようになっていた。ヘルメットを身につけて、サイクリングん恰好で自転車を押しながら歩道を歩いているのがとても不自然に思えた。

関内の駅にやってきた。ちょうど横浜市庁舎の前に当たるこの場所は横浜の中心にあたる。中華街もあるし開催されているY150開国博も目と鼻の先であり、ついでに寄って行こうと思っていた。時刻はまだ10時であり時間は十分ある。しかし、足が痛い。 折角ここまでやってきたとの思いと、足が痛くてこのまま続けることへの体へのリスクとを休みながら考えた。

ここでの結論は、帰ることと決め、自転車を解体して輪行バッグに詰めた。後ろ髪をひかれる思いは十分感じながら、京浜東北線に乗った。朝はまだ早いことから電車内はガラガラで入口に自転車を立てかけて席に座ったが、電車の動きで自転車が倒れてきた。しかたなく、入り口側で自転車を支えるように立って乗車するようにした。少し眠くなってきて輪行バッグの上でうとうとしながらの帰路で、体の弱さを痛感していた。。。。 帰宅後にひざの痛みについて検索してみた。あるサイトではサドルの高さが高い場合にひざが痛むとの記載があった。思い返せば、先週の中間地点でサドルの高さを変えた事実があり、さらに今回の走り出しでもさらにサドルの高さを変えた事実がある。。これが原因ならと、自分の知識無さを感じる
≪反省と覚書≫
■忘れてはいけないもの
輪行袋を電車の手すりにくくりつけるワイヤ
サドルの高さはやや低めに
■教訓
無理はせずに楽しく走る
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