どうしてか、若者の声がやたらに大きい。電車の中で、二人の若い女性が立って大声で話している。すぐ目の前にいるので、もっと優しく話しても十分聞こえるだろうが、車内に響き渡る声が飛びかう。やかましい。まったく。こんな奴がモンスタークレーマになるんだろう。
休日にいろんなところに出掛けたりする。今までに行った事がない場所だったりすると興味津々である。海外であれば文化の違いも手伝い興奮する。
但し、旅の計画は自分で立てるべきだと思う。名所旧跡は言うに及ばないが、地方のコンビニだったり道端の草だったりにも、カメラを向けたりする事もある。逆に他人について巡る旅は、余程印象の強い事以外は記憶にも残りにくい。
人それぞれに個性はある。会社も人で成り立っているので、つまりはそれぞれの個性の集合体である。それぞれの個性には強弱がありひとりの個性が組織を動かしたりする事も出来るし、何人いても静寂を保ったままの組織だっりする。
会社組織で最も有有効な個性は何だろう?
組織が向かおうとする方向に対して、同期する個性、方向の違う個性、進行を阻止する個性、何もしない個性、、と、いろいろあろう。
大きな組織を牽引しているトップはどんな思いでおのおのの個性をコントロールしているのか?決して全員の心が通じているわけではない。。トップの考えを咀嚼して、言い聞かせる上位階層が下位階層をコントロールしながら組織全体を思った通りの方向に導いて行くと解釈する。
しかし、この上位階層に進行を阻止する、もしくは反対方向を指し示す個性がいたら・・・
2009-07-26
パソコンが立ち上がらなくなった?!
何も悪いことしていないのにパソコンが立ち上がらなくなった。たぶん梅雨が早く開けたと言っておきながらここのところ続く長雨で「だまされた!」と思っているかもしれないし、衆議院解散だ〜ぁと万歳してる無責任な国会議員に嫌気がさしているのかもしれないし、ここ数日続く猛暑で頭がへんてこりんになっているかもしれないし、、異論ない理由が考えられるけど、結果的にパソコンンが立ちあがらない。業を煮やして切開手術をするとどうやらマザーボードがいかれているらしい。それで、今日中古の同一型番を9千円足らずで買ってきて交換したらなんとか復旧した。助かった。
電車マナーについては、マナーを疑うほど車内放送もさてているし、優先席の周りには、これでもかとロマーク、シートのデザイン、吊革に至るまでひょじがされている。そのためそこに座っている人や近くに立っている人は認識しているだろうが、平気で携帯電話を操作したり通話したりしている人が目立つ。近頃では年配の人もいる始末。
7月19日の日経新聞折り込みに電車のマナーに関した掲載があった。これによると、股を広げて座る人、ヘッドフォンの音漏れがするほどの音量で音楽を聴く人、食べ物を散らかす人、買い物を広げて話し込むオバさん、酔っ払ってシートで横になる人、、などのダメケースに混ざって、化粧する人もマナー違反だと書いてあった。
そうだ、そうだ、化粧ぐらい自分の家でやれよと読みながらうなづいた。座った席の隣で化粧されると気になって仕方ない。次から次と道具を変えながら自分の顔にいろんな色を塗りたくる女性、騒がしくて落ち着かないし、「くさい!」。私だけが不愉快かと感じていたが誰もがそうなんだとうれしくなった。
電車は移動手段であり、不特定多数の人が強制的に同じ時間を過ごさざるをえない空間である。それぞれが、心配りをして快適な時間を共有していただきたいものだ。
2週間前ぐらいから、右肩が痛い。遅い五十肩だと自己診断している。四十歳ころにも肩が痛くなり手が挙がらなくなるほどで辛かったがいつの間にか直ってしまった。今回もそうなのかと思い込んで、痛み止めのシップ薬を取り替えているが張っている時は痛みも和らぐが、時間と共に痛みを覚えるようになる。電車のつり革につかまるのがやや難の状態で、つかまったままなら何とか耐えられるがこの手を降ろすのに苦労している。
しっかり医者に見てみ貰うのが良いのだろうが、なんとなくそこまでしなくてもと考えてしまう。最近はじめた自転車乗りで膝が痛かったりで、体調は思わしくない。それでも、前に向いていることが楽しく思い、痛いことは生きてる印と置き換えている。
いつも何かに追われているような差し迫った気持ちで生活を送ってきた。じっとしていると、それだけで取り返しのつかない時間を過ごしてしまうような罪悪感が残ってしまう。
今まで自分の進んできた道を振返っては、後悔ばかりしていた時があった。決まってもう一度そのときに帰りたいと何度も思った。いくら後悔しても前には戻れないことは分かっていてもそう念ずることで後悔を帳消しにしたかった時代があった。
最近では、余り後ろを見ないことにしている。後ろを見ても前進する意欲に繋がらないので、とにかく前を向いて歩き続けることに専念している。いままで出来なかったこと、できていなかったことを積極的にやってみよう、失敗すればやり直せば良いし、やらずに後悔するよりやって失敗したほうが一歩前進できると思い
続けている。
今日読んだ本の中で、「Too Late」の文字を目にした。若いときに行く旅と年取って行く旅とでは、その人の経験や人生観の違いから同じ条件で同じ場所に行ったとしても受ける感性に大きな開きがありその後の人生にも大きく影響を及ぼすとの事が書かれていた。若い時代に旅行に行きたかったが金銭的な理由やいろんな制約からいけなかった人が、その後裕福になり時間的余裕が出来ても再度旅行に行きたいとは思わなかったそうだ。「Too Late」なのだそうだ。
私もいつも何か「Too Late」な年になってきた。